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2018/09/11

プロとアマの境目(駄文)→漫画の話

先日、若者との会話。

私「もう夏も終わりだね~、早いね~9月だよ。ついこの前お正月と思ったのに、もちょっとすると年賀状考えなきゃ」
彼「なんでこんなに早いんですかね~」
私「子供の頃は、明日ジャンプの発売日とか、マガジンの日とか待ち遠しかったけどね~」
彼「子どもの頃、ですか? 私、つい最近まで待ち遠しかったですよ~」

私「へー、最近はどんなのが有名なの?」
彼「ハンターハンターって分かります?」
私「HUNTER×(かけ)HUNTER、だよね。名前だけしか知らない」
彼「あれ結構好きなんですよね。でも休載が多くて。今度また再開するんですっ!
  ところで、ナルトって知ってます?」
私「あっそれ、現代化したアニメになったとか聞いた、、、随分前だけど」
彼「そうそう、ナルトの子供が主人公でボルトって言うんですけどね」
私「昔、アニメ好きのフランス人がテレビに出ていて『日本に行くとみんなナルトを読んでると思ってた』とか言ってたので、そんなに有名なのかとネットカフェに行って読もうとしたらものすんごい量のマンガで5巻くらいで諦めた記憶がある。」

彼「面白いコトしますね」
私「同じ事を、ワンピースが流行ったときにもやって、棚一杯のマンガを見て即座に諦めてビデオ借りに言った記憶もある。。。。あれだけ流行ったのに、急に冷めちゃったね~」

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 今、電車の中では、スマホでマンガ見てる人が結構います。
 確かに、ジャンプとかマガジンとかを買い始めるとあっという間に、部屋がマンガで埋め尽くされます。(たぶん) そう言う点では便利♪
 週刊漫画本って、第何号か数字が出てますよね。学生時代「50号」を越えると、「年末だなぁ」と感じていた先輩がいます。
「うぉ50号だ! 今年ももう終わりだなぁ」とか。
 ・・・1年は52か53週だからね

 週刊誌連載 → コミック・単行本 → スマホ電子化

 CG技術でやけに立体的な陰影表現が出来るようになったのは、いつからでしょうか?
 2000年ぐらいからかなぁ。やっぱり私は、スクリーントーン○番をカットするみたいな方がいいなぁ。

 実は、人体モデル人形を持ってるtakです。結構高かったのに(1000円くらいした)、いまでは、百均でも売ってます(;_;)。

 京都には、マンガ博物館だか美術館だかがあって、一度行こう行こうと思ってまだ一度も行ってません。それこそ地下鉄に乗ったらすぐ行けるのに。

 でも、本屋に行くと明らかにビジネス書でもいわゆる「萌え系画像の表紙」の本が増えてます。
 京都市交通局のポスターはそういう萌え系も多いです。

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 で、これが、豊かさの表れなのかどうか? ってところに疑問があるのです。
 というのは、芸術系ってのは(文豪とかヨーロッパ絵画も含めて)、過去の歴史を見ると、金持ちの道楽・パトロン・資金援助者ってのがいて、発展してるんですよね。イギリス・フランスなら貴族の道楽みたいな。

 ま・ま、、、マンガが芸術か? と言われると、芸術のような、そうでないような、昔に比べると量産品になっているような・・・・ちょっと答えが出ません。
 むしろ、簡単にネットで表現できるようになったので、趣味のひとつ! と言った方がいいのかな。(→そうすると、プロの人に失礼な気がするのだけど、携帯小説といい、何事につけ、段々とプロとアマの境目が曖昧なようになっているような、、、そんな気がするのです)

 ところで、個人の居酒屋さんで、「素人料理の店」ってありますよね。
 これが許せない! と怒っている後輩が昔、いました。(たぶん今でも怒っていると思う)

 ・・・な~んだ、プロとアマの違いって、最近の話じゃないのか・昔から曖昧なのか(^_^;)

以上、境目が曖昧になっている現代、っていう駄文でありました。

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